愛車歴 番外編 その一

現在('08年6月)会社へ通勤に使用しているのは原付である。
'06年8月から勤務地が本社から工場に移動になり、自宅から工場まで道のりが片道約19kmある。愛車(GF−RZN185W SSR-X)で通勤することも考えたが燃費がイマイチ悪く、とても会社からの交通費ではやっていけない。というより家計を圧迫する。そこで考え購入したのが原付である。バイク屋さんで中古を購入したが、外観からは「ヤマハ」なのはわかるが、それ以外は何も分からない。
燃費はリッター27〜30kmくらいでまずまずだが、タンクが小さいため2〜3日に1回給油しないといけないのがたまにキズである。
この原付もかなりお疲れな感じが出てきている。最近交換したのがマフラーとプラグ。マフラーはかなり詰まっていて抜けが悪く、交換前はアイドリング中に「プスンッ!」とエンジンが切れたことがあった。そしてついに止まったのは、朝ゴミ出しのため家の前にあるゴミステーションでアイドリング中にエンジンが切れ、かからなくなってしまった。
去年の12月頃にはヘッドライトの固定のビスが効かなくなり不安定な状態になった。このくらいは自分でも直せると外れては、夜シコシコと直していた。そんなある日また直しているとその日にかぎってなかなか直らず、1時間くらい格闘していた。夕ご飯の準備をしていたカミさんが出て来て、状況を見に来た。カミさんに状況を話をして、呆れられる。ここでようやく修理に行くことを決断する。
さらに'08年1月頃から後輪のタイヤがよくパンクするようになった。劣化によるものらしい。乗り始めて1年と7ヶ月での交換。1度何かの破片を踏みパンクし、修理した。その後はなんともなかったが、今年に入り空気が抜けやすくなり2〜3日で空気を入れていた時もあった。そして、帰宅路で空気を入れたが翌日の朝にはスカスカの状態になった。ここで交換しに行く。
カミさんに言わせると、いつもギリギリまで直しに行かないと苦言を頂く。予兆を感じながらも、「まだ行ける、まだ行ける」と乗り続ける。そして完全にダメになってから修理に行く。まぁ直しに行くのが面倒くさいというのもある。長い通勤路を走る「相棒」としては、これまでを思い出していくと労りが少ない気がなんとなくしてきた。
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