三日月が
ブログネタにテレビ番組を持ってこないことにしている自分でありますが、先日('07年7月18日)のスイスペで「余命一ヶ月の花嫁」という番組を放送していた。自分が帰宅したのが、午後7時半で何気にテレビのスイッチを入れたら、この番組が映し出されてた。水曜日はテニススクール(レッスン開始が9時10分で、自宅を出るのが8時20分)の日で、小腹用のパンとカフェオレをテーブルに準備をして、テレビを見ると「乳がん」と戦っている24歳の女性のドキュメンタリー番組。途中から見たにもかかわらず、何故か番組に引き込まれた。普段なら「お笑い系」の番組で出発までの時間を過ごすのだが、チャンネルを換える気にならなかった。テニススクールへの出発までの約50分見入ってしまっていた。続き(残り40分)はクルマで主に聞きながら走ることにした。走行中は音声しか聞けない。サイドブレーキを引くと画面が映るので、この日は「信号が赤にならないかな〜」と心のどこかで思いながら走っていた。
クルマを走らせ、番組の音声を聞いていると自分の事を考え始めていることに気付いた。映像がない分、頭の別のところで自分達の事や最近結婚した2人の事をリンクさせている。『恵まれた環境。可能性のある未来。必然的と思い込んでいる明日。』そんな思いが心を占めていく。夫婦になれたこと、夫婦で五体満足・健康体でいる幸せ。そんな当たり前に思っていることに感謝や幸運を思わせてくれる番組だった。
クルマを走らせながら、ふと夜空を見ると、フロントガラス越しに、三日月が夜空に光を優しく、穏やかでありながら、くっきりと存在感ある光を車内に放っている。そんな光に包まれながら感傷的に浸っている自分がなんとなく幸せなんだと実感した。
「余命一ヶ月の花嫁」様 ご冥福をお祈りします。
クルマを走らせ、番組の音声を聞いていると自分の事を考え始めていることに気付いた。映像がない分、頭の別のところで自分達の事や最近結婚した2人の事をリンクさせている。『恵まれた環境。可能性のある未来。必然的と思い込んでいる明日。』そんな思いが心を占めていく。夫婦になれたこと、夫婦で五体満足・健康体でいる幸せ。そんな当たり前に思っていることに感謝や幸運を思わせてくれる番組だった。
クルマを走らせながら、ふと夜空を見ると、フロントガラス越しに、三日月が夜空に光を優しく、穏やかでありながら、くっきりと存在感ある光を車内に放っている。そんな光に包まれながら感傷的に浸っている自分がなんとなく幸せなんだと実感した。
「余命一ヶ月の花嫁」様 ご冥福をお祈りします。
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